金の卵 連続ブログ小説 №20
金の卵 連続ブログ小説 №20
麗子が男物の浴衣を着て応接間に入ると、机上に手紙と鍵が置いてあった。
「少し飲みすぎた明日早いから先に寝るが気を悪くしないでくれ寝室は奥の突き当たり右の部屋です。帰るのだったら勝手口から出て鍵を掛けて帰ってください。明日アパート迄迎えに行きます」と書いてあった。
麗子は侘しい気持ちになったが帰る事にした。
貴の手紙の余白にお休み明日待っていますと走り書きして家を出た。
まだ薄明るい池の畔を歩きバス通りに出た、石神井公園駅まで一停留場なので歩く事にした。
初めて歩く坂道の商店街を通り映画館の前を通り過ぎると駅が見えて来た。
なんか、気抜けした身体に寂しさが手伝って貴さんの家に戻ろうかとも思ったが切符を買って左手に握り締めて電車に乗った。
翌日迎えに来たのは暗くなってから だった。
タクシーをアパートの前に待たせておいてドアーをノックした。
麗子は既に身支度を整えて待っていたらしく直に出てきた。
車は昨日と同じコースを走って石神井に着いた。
家政婦の花江が来ているらしく窓に明かりがさしていた。
門灯は昼間見ると鋳物製で冷たい感じがしたが、灯りが入ると西洋風な豪華さを醸しだしていた。
ドアーをノックすると、花江がドアーを開けて「お帰りなさい」と貴に挨拶し麗子に「いらっしゃいませ」と丁寧にお辞儀をして応接間に案内した。
昨日の応接間と違い食堂と同じ位の広さに驚いた。大勢のお客様が来た時の為に同じ広さになっていると言う。
「夕食は居間に支度して置きました、麗子さん、後は宜しくお願いします、後片付けは明日私が致しますので其の儘にして置いて下さい」と言い帰って行った。
貴は居間に案内した、居間と言っても昨日の応接間だった。
「先に風呂は如何ですか」と声を掛けると、どうぞお先にと手のひらで合図した。
貴は先に入ってくると、居間を出てドアーを閉める時、あとから来ないかと声を掛けた。
麗子は一人部屋で待っていた。
暫らくして貴が風呂からあがって来た。
「何故来なかったの」
「だって」と、言って俯きながらお湯戴きますと部屋を出て行きドアーを閉めて「来ないでね」と言い残して足音が消えていった。
麗子は今日泊まる積もりでパジャマを持って来たが、スーツを着て貴の前に現れた。
湯上りに薄化粧艶かしい姿だった。
「さあ、飲もう遠慮しないで食って下さい」
「はい、遠慮しないで戴きます」
新潟の有名なお酒をワイングラスに注ぎ、「乾杯」と貴が声を掛けた。
湯上りにお酒麗子の姿が一層艶かしさを増した。
貴は麗子に心の内を伝えることにした。
麗子を助けてから一ヶ月を過ぎた、兄が妹を看病しているような状態が続いているので、貴は結婚を前提に交際してくれと懇願した。
麗子は少し戸惑ったが俯いて小さな声で「私みたいな女」と否定した態度を取った。
貴は声に力を入れて語り出した。
「麗子さんは、あの街の路地裏で生まれ代わった、過去の麗子はもう居ない、又過去も記憶も消滅した。未来の麗子さんに期待しているから考えて欲しい」
貴は本でも読んでいるかのように、前から台詞を練習していたのではないかと思われた。
しかし、俺の生い立ちは聞いておいて欲しいから、返事はそれからでいいと話し出した。
二人は乾杯して、「さしつ、さされつ」メーターがあがり、会話が弾むと酔いが回り始めた。
酒が頬と手を染めて、美しい笑顔がいっそう冴えた。
そして、暫らくすると、笑顔が消えた。
つづく