金の卵 連続ブログ小説 №33

金の卵 連続ブログ小説 №33

 

清三は、夜行列車で上京して会社迄歩いた道を思い出しながら寮に向かった。

 一に健康、二に真面目、三に初心を忘れるなと、呟きながら決心した。

翌日社長に辞表を差し出し宜しくお願い致しますと頭を下げた。

「なんだ、これは」と大きな声が帰って来た、封筒の中から辞表を取り出した。

社長は黙読した後暫らく無言で何か考えている様子だった。

「この、一身上の都合で辞めたいと言うのはなんだ」

清三は即答出来る筈は無い、只俯いて居るだけだった。

清三は仕事も出来るようになり、会社の経営にも新しい発案も提示してくれて会社の為に働いてきたのに、何の不満が有るのだ。

もしも、工員引き抜きが、清三の腕を見込んで迎えて呉れる大会社なら許せるが、もし、小企業の会社なら許す訳にはいかない。

中小企業は工員の教育は投資に値する、そのため、仕事が出来るようになると高賃金で引き抜く会社があるが、入社後昇給が少ないのが現状である。

他社に比べ労賃が安いか高いか知らないが、何も出来ない工員見習時に労賃を払い育ててくれた事は心から感謝している清三だった。

 「佐藤君、会社を辞めて何処へ行くつもりだね」の問いに、暫らく俯いてから話し出した。

「詳しい事は今言えませんが、板金の仕事で無い事だけは確かです」

「せっかく、仕事も覚えこれからと言う時に本当に残念だ、考え直す気は無いのかね」

「ハイ、決心しましたので変える訳にはいきません」

二人の間に暫らくの沈黙が続いたが社長が話し出した。

「決心したのなら、仕方が無いが、気が変わったら何時でもいいから戻って来なさい」と

社長は未練がましい言葉を残し今後の行動についていろいろ忠告し始めた。

佐藤君のご両親にはお逢いして無いが、手紙でよろしく頼むと言われて居た事もあり、責任を感じていた。

先生は会社迄来てくれて、よろしくお願いしますと頭を下げられているのに、指導不足だったのか、と自分を責めていた。

会社の景気が良く成ったのも清三の若い発案から成長したのは過言ではなかった。

「此れからの時代は、ブルキの玩具やブルキの湯たんぽでは時代遅れになる」の一言で会社は設備投資に力を入れ今の成長が有るのは社員皆知る事であった。

 会社を辞める以上、一度故郷に帰り親御さんに訳を話し納得してから転職するように勧められた、幸い仕事も一段落して人手に余裕があるから有給休暇を利用して故郷へ帰ることに決めた。

                    つづく