金の卵 連続ブログ小説 №30

金の卵 連続ブログ小説 №30

 

清三は転職の決心はしていても、なかなか会社に辞表を出さず何日か過ぎていた。

いろいろな事を考えながら足はゆたか食堂に向いていた。

「今晩は」と店に入ると客は少なくひっそりとしていた。

「いらっしゃい」由美の元気な声が厨房から聞こえて、店に出てくる。

「あら、珍しい何の風の吹き回し、よく道を覚えて居ましたね」

由美の言葉と声に刺刺しさを感じた。

無理も無い、豊島園や後楽園、花やしき等でデイトする仲なのに麗子と知り合ってから、ご無沙汰であった。

暫らくすると、顔の表情も穏やかになり笑顔で話し出した。

「せいさん、好きな人でも出来たの、顔に書いてあるよ」

清三は両手で両頬を隠した。

「あっ、赤くなった図星だね」と、嫌いと言わんばかりに横を向いた。

 清三は麗子を思い出しながら、女性は感が良いとは聞いた事があるが多分鎌をかけられたのだと自分に言い聞かせていた。

しかし、清三は冷静なつもりで居ても由美の言葉に答えられないでいる。

「その人どんな人、私より綺麗、背は高いの、優しいの」

矢継ぎ早の質問に答えられない、一つ一つ質問されても答えられる筈がない。

「あ・あ・そう答えられないの、私の事嫌いになったの」

清三は何も答えず考えていた。

二人は「せいさん」「ミーちゃん」と呼び合う仲に成っていたが、互いに言葉で好きとか愛している等の会話は一度も無かった。

由美は豊島園で清三の男らしい逞しさを知ってから心の中で意識していたが、暫らく振りの再会に只、何時もお客さんとの会話で冗談混じり、鎌かけ、ひやかしは何時もの事。

由美は清三をからかい半分困らせていた。

清三は何の弁解もせず両手で頬を擦りながら微笑んでいた。

「せいさん、私に何か相談事でも有って来たの」

その一言はやはり女性は感が良いと思いながら「ハイ」と返事をした。

 返事をしたが清三は暫らく無言で居ると由美から話し出した。

「そうそう、せいさんに話しておきたい事があったわ」と真面目な顔で清三を見詰めながら語り始めた。

「ゆたか食堂」の近辺は都市再開発で立ち退きを責められている。その跡地に総合ビルを建設し、周囲を区画整理した街作りを計画しているとの事。

「ゆたか食堂」はその建物に入るか廃業するかの選択を迫られている。

テナントには大手外食産業の出店が決まっている。これからは食堂の名は廃れて行くのが見えているから考えなければ成らない問題である。

食堂では勝ち目が無い、しかし、居酒屋の営業は自信が無いので悩んでいると言う。

由美の母は食堂経営以外なにも出来ないので、郊外に出て国道筋で運転手さん相手の店を経営したいと言っている。

国道筋で見かける、「めし・みそしる」の看板を立てトラックの運転手さん相手も商売に成るのではないかと話している。

おそらく、郊外に店を出せなくても此処を出なければならないと小さな声で話した。

「せいさんに会えなくなるね、でも何処に行っても会いに来てくれるよね」

「ハイ何処へでも会いに行きます」

清三は麗子を思い出しながら先の事は考えずに返事をした。

                    つづく